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そもそもこの短編集、
主要な登場人物がほぼ全く出てきません。
唯一の例外が「丕緒の鳥」の最後にちらりと出てくる陽子。
それも最後の最後にほぼ声だけしか出てきませんが、
それでもその存在に救われます。
慶国の話では景王に対する「また女王か」という、
絶望にも近い声が何回も出てきますが、
陽子にはその声を吹き飛ばしてくれる信頼感があります。
どんなに呪詛が並べ立てられても、
「それでも陽子に会えば貴方にも分かるよ」と。
問題なのが「落照の獄」。
これも雑誌掲載された短編の1つなのですが。
この話だけを単独で読んだ読者はどうしたのだろうか……
私はちょっと受け止めきれない気がします。
私は「久しぶりに発表された『十二国記』の新作短編」として、
これだけを差し出されて読んだら、
血反吐吐いて倒れる気がします……
「重い」「暗い」は小野先生の作品では覚悟していますが、
それに加えて最後まで「救いがない」。
本当に辛い。
傾いていく柳で踏み止まろうとしている人達の話。
柳の物語は本当にいつか日の目をみるのでしょうか。
「青条の蘭」は「いつ」「どこ」の話なのか、
分からないまま物語が進みます。
寒い国、王が不在だった国、そこに新王が即位して……
時代が限定されていない以上、
どこの国の話だか断定する手掛かりがありません。
腐敗した国の中で、致命的な樹木の病が広がり、
どうしてもどうしてもこれを止めなくてはいけないという、
絶望感に追い立てられるような気持ちで読み進め、
> 一路、関弓へ向かって。
> 目指す玄英宮までは、二日の距離だ。
この一文で本当に救われました。
夜中に1人でガッツポーズするくらい(笑)。
絶望感が一気に吹き飛んで笑ってしまいました。
前後しますが、届け先として登場する、
> 新王によって任ぜられた新しい地官遂人は、
> 話の分かる人物だと聞いた事がある
という人は「帷湍(猪突)」さんの事ですね。
その人なら絶対に無下にしないし、
延王なら絶対にその声を聞き届けてくれる、という、
絶対的な安心感に包まれての読了でした。
「風信」は「丕緒の鳥」に続いて慶国の話。
前王である予王の女性を排除しようとする取り締まりが、
如何に厳しかったかが引き続き描かれます。
話の主題は「どうやってこの世界の暦が作られるか」という、
どちらかというと世界観の設定に踏み込んだ話です。
イメージとしては陰陽寮みたいな事なのでしょうか。
昔は日本でもこうやって暦を作っていたんだよなーという、
漠然とした知識が頭をよぎります。
主人公には浮世離れした変人集団扱いをされていますが、
暦がなければ作物が育てられず、
結果的に多くの人が命を失う事に繋がると思えば、
これも大切な命がけの仕事です。
新しい王が即位したかどうかさえ、
季節の移り変わりで知る事が出来るのは、
それまでに積み重ねてきた知識のなせる技ですね。
全体的に『十二国記』ならではの話ではあると思うのですが、
12年ぶりの短編集で書きたかった事がこれか、という、
若干の疑問は残ります。
面白くない訳ではないのですが、
『十二国記』のファンが読みたかったものが、
果たしてこれなんだろうか……? と。
今年また短編集が発刊される予定なのですが、
どんな物が飛び出すのか今からちょっとドキドキします。
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